6月27日午後、姫路市内で姫路支部の第20回総会と記念講演会が開かれ、約20名が参加しました。前日からの大雨でJRのダイヤが乱れ、講演資料の到着が遅れるというハプニングもありましたが、会は予定どおり進行しました。
■ 記念講演「台湾有事問題」
講師は兵庫県連の前田清会長。台湾の歴史、台湾人のルーツ、日本との関係などを多角的に解説しました。
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日本との最初の関わりは1871年の宮古島島民遭難事件(牡丹社事件)。明治政府は清国との交渉が不調に終わったことを受け、1874年に台湾出兵を実施。
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日清戦争後の下関条約により台湾は日本の植民地となり、50年間統治された。
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第2次大戦後の国共内戦で、台湾は蒋介石率いる国民党が支配し、中国本土には共産党政権が成立。この構図が現在まで続く対立の背景となっている。
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国際社会では、1979年の米中国交正常化を経て、国連代表権は中華人民共和国政府へ移行。米国は台湾と断交したものの、実質的な関係は維持している。
■ 「台湾有事」をどう見るか
前田会長は、台湾有事が語られる背景には中国政府の統一方針があるものの、台湾の民意は圧倒的に「現状維持」であり、中国本土が武力で統一を急ぐ可能性は低いと指摘しました。
実際には、
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本土と台湾の経済関係は大きく進展
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人的交流も活発 であり、紛争が起こる状況ではないと強調しました。
むしろ、
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南西諸島での自衛隊基地増強
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ミサイル配備の強行
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日米共同軍事演習の拡大 など、日本側の政策が地域の緊張を高めているのではないかと問題提起しました。

前回ご紹介した九塞溝のすぐ隣、 といっても山ひとつ隔てて何十キロも離れていますが、 四川省北部にはもう一つの絶景、黄龍(ホアンロン)があります。
ここは、石灰分を含んだ湧水が 気の遠くなるような年月をかけて自然に作り上げた石灰棚。 その棚田のような段々に、 彩池(さいち)と呼ばれる湖沼がどこまでもどこまでも続いています。
私は文学の才能はありませんが、 黄龍を歩きながら「水色とは何か」を考えさせられました。
毎年、終戦の日にあわせて開かれてきた「平和のつどい」。 今年も兵庫区・妙法華院の本堂で、静かに、そして温かく開催されます。
「共産党員号」機関車は、中国鉄路沈陽局集団有限公司・沈陽機務段に所属し、牽引機は「和諧D3D1921」型。 2016年7月1日に正式に「共産党員号」と命名され、今年でちょうど10周年を迎えました。
「共産党員号」には10名の運転士が所属しており、全員が共産党員。 1本の列車には2名が乗務し、走行中は交代しながら運転します。
編成は硬臥(ハード寝台)13両、軟臥(ソフト寝台)3両、高級軟臥1両の計17両。 機関車の特別な意味合いから、停車駅のホームでは記念撮影をする旅客の姿も多く見られます。
赤い車体は星の光を映し、 「共産党員号」は今日も前へ進み続けます。 使命を胸に、力強く駆け抜け、 新たな旅路でその栄光をさらに刻んでいくのです。
今回は、中国内陸部・四川省の北端に位置する九塞溝(きゅうさいこう/ジウジャイゴウ)です。 省都・成都から飛行機なら1時間足らず、現在では高鉄(新幹線)で約2時間と、アクセスは非常に便利になりました。
九塞溝には数多くの名勝がありますが、その代表格が五花海です。
九塞溝の最奥、海抜3100mに位置する五彩池は、 まさに九塞溝の象徴ともいえる場所です。
入り口から歩いていくと、連なる湖沼の間に盆景灘瀑布が現れます。 海抜2000m付近なので、夏でも涼しい風が心地よく感じられました。
夏の訪れとともに、兵庫県内の各地域で恒例の「戦争展」が開催されます。 戦争の記憶を語り継ぎ、平和の尊さを次の世代へ手渡すために続けられてきた取り組みで、今年も多くの市民団体が力を合わせて準備を進めています。
ところが、2020年の全国人民代表大会で「国家通用語文」普及政策が決議され、これに基づき教育内容が大きく変更されました。 同年9月の新学期から、小中学校の「語文(国語)」「政治(道徳)」「歴史」は漢語の教科書を使用し、授業も漢語で行うことが決定。つまり、1年生から漢語による授業が始まることになったのです。
今回のテーマは、近代中国を語るうえで欠かせない 毛沢東と蒋介石。 二人の歩んだ道は、中国の近代史そのものと言っても過言ではありません。
私が龍門石窟を訪れたのは、五一(メーデー)の休暇。 当時(2008年)はまだ旅行アプリなど使っておらず、 ガイドブックを見てホテルに電話し、中国語で予約していました。
龍門石窟は北魏の龍門期(494〜520)に始まり、 その後、隋・唐の時代まで掘り続けられ、 実に400年以上にわたって造営が続いた巨大な石窟群です。
この時の衝撃は、今でも忘れられません。
歴史上は雲崗石窟の後に龍門石窟が造られましたが、 私はその順序も知らず、 しかも龍門が“初めて訪れた石窟”でした。