― 兵庫県連・今年の中国旅行で出会った“歴史の鼓動” ―
今年、日中友好協会兵庫県連の中国旅行は、甘粛省の敦煌、嘉峪関、そして陝西省の古都・西安を巡る一週間の旅でした。 その旅のハイライトとなったのが、20世紀最大の考古学的発見とも称される世界遺産「始皇帝兵馬俑」です。
4月15日付の県連ブログでは、 「壮大な歴史と大自然に抱かれた一週間、兵馬俑の“圧倒的存在感”に心が震える」 と題した旅行記が掲載されました。 記事には、 「兵馬俑はただ“圧巻”の一言。その迫力に参加者の誰もがしばらく言葉を失っていました」 と記されており、現地での感動がそのまま伝わってきます。
その“言葉を失うほどの兵馬俑”には、実はあまり知られていない発見と発掘の物語があります。 5月13日にNHK・BSで放送された番組では、その秘話が紹介されました。
■ 井戸掘りの村人が見つけた「歴史の扉」
1974年3月。 西安市臨潼区・西楊村の荒れ地で井戸を掘っていた村人、楊志発(ヤン・ジーファ)さんが、偶然陶製の人形のような破片を掘り当てました。
その地域では以前から似たような陶片が出土しており、 ・水入れに使う ・子どもが首の部分を転がして遊ぶ といった、なんとも素朴な扱いをされていたそうです。
しかしこの日、楊さんは掘り出した陶片を丁寧に集め、リヤカーに載せて村役場へ届けました。 ところが役場は「こちらで処理する」と言ったきり、何の連絡もなかったといいます。
■ 発掘に踏み切った考古学者・袁仲一先生
役場から連絡を受けたのが、考古学者の袁仲一(エン・チョンイー)先生でした。 陶片が「人形の頭部や体の一部」であること、そして始皇帝陵の近くで見つかったことから、 「これは始皇帝陵の副葬品ではないか」 と直感し、本格的な発掘に踏み切ります。
掘り進めると、想像をはるかに超える規模の兵馬俑が次々と姿を現しました。
しかし当時の中国は文化大革命の最中。 「旧思想・旧文化」を破壊する“破四旧運動”が吹き荒れ、寺院や石碑、古文書が次々と破壊されていた時代です。
もし「古い埋葬品が出た」と噂が広がれば、紅衛兵が押しかけて破壊される危険がありました。
袁先生は、毛沢東主席が秦の始皇帝を例外的に尊敬していたことに着目。 発掘品が始皇帝に関わる確かな証拠を探し求め、ついに武人俑の刀に刻まれた 「秦の宰相・呂不韋(りょふい)」 の名を発見。 これにより兵馬俑が始皇帝陵の副葬軍団であることが確定し、破壊を免れる道が開かれました。
■ 世界に兵馬俑を知らせた女性記者・オードリ・トッピング
しかし、発掘の事実は中国政府により厳重に秘匿され、写真撮影も固く禁じられていました。 そんな中、世界で初めて兵馬俑の姿を写真で紹介したのが、アメリカの女性ジャーナリスト オードリ・トッピングさんです。
外交官の父に同行して中国入りし、さまざまな制限をかいくぐって発掘現場に到達。 撮影した写真をアメリカの雑誌に発表し、世界を驚かせました。
「どうやって撮影できたのか」と問われた際、 オードリさんは冗談めかして 「女の涙は武器なのよ」 と語ったそうですが、真相は今も謎のままです。
■ 兵馬俑を“現代に呼び戻した”三人の功労者
こうして兵馬俑は破壊を免れ、世界の宝として日の目を見ることになりました。 その陰には、
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偶然の発見者・楊志発さん
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発掘を導いた考古学者・袁仲一先生
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世界に知らせたジャーナリスト・オードリ・トッピングさん
この三人の存在がありました。
県連旅行の添乗員・宋敏さんは、 「楊志発さんとお会いして感動した」 とSNSに投稿されていますが、その気持ちは多くの人が共感できるものだと思います。
■ 参考資料
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新華ネット(2026年5月15日)
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中日新聞(2022年9月15日)
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NHK・BS(2026年5月12日放送「兵馬俑は見ていた」)
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百度百科
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宋敏さん Facebook(2026年5月)




こんにちは、日中友好協会姫路支部です。
2月27日の早朝、標高3260メートルに位置する青海湖駅は気温マイナス9度。刺すような寒風が、がらんとしたホームを容赦なく吹き抜けていた。
夜明け前、51歳の駅値班員・趙磊(ジャオ・レイ)はすでに一日の仕事を始めている。コンピューター画面に向かい、構内の線路使用状況や刻々と変わる信号を注視しながら、通過列車の運転士とリアルタイムで連絡を取り合う。
「普段は調度員が遠隔で駅を管理しますが、工事や“天窓”と呼ばれる保守作業の際には、駅での手動管理に切り替わり、値班員が列車運行の組織、設備監視、各部署との調整をすべて担当します」と趙磊は説明する。
駅は町から遠く離れているため、休勤日は上下それぞれ1日1本だけの通勤列車に乗るしかない。2本の列車が青海湖駅に停車する間隔は50分。この50分が、2人が顔を合わせられる最も長い時間だ。
行車室の窓辺には数鉢の観葉植物が置かれ、外の枯れた景色と対照的な緑を添えている。「普段はあまりに静かなので、植物を育てていると気持ちが和むんです」と趙磊は笑う。
3月22日、神戸市内で 非核「神戸方式」決議51周年を記念する集会 が開かれ、会場とオンラインを合わせて約350人が参加しました。 市民や関係団体が集まり、神戸港の平和利用を守るための現状確認と意見交換が行われました。
一方、中国ではサクラの名所はそれほど多くありません。そのため、サクラが春の象徴になることはあまりありません。代わって春を代表するものといえば――私は「柳絮(りゅうじょ)」だと思います。柳やポプラの綿毛のことで、華北・西北の街々では4月中頃になると、まるで吹雪のように白い綿毛が舞い散ります。
柳(しだれ柳)も楊(ポプラ)もヤナギ科の樹木です。どちらも春になると綿毛を飛ばします。 唐代の詩人・杜甫や女流詩人・薛涛も、柳絮の幻想的な姿や儚さを詠んでおり、古くから人々の心を捉えてきました。
さらに、綿毛が最盛期を迎えると、通りは落ちた柳絮で白く覆われます。清掃員が毎朝竹箒で掃き集めても、軽い綿毛は風が吹けばすぐに散らばり、元の状態に逆戻り。まさに清掃員泣かせです。
こうした対策が進められています。 やがて北京や西安でも、柳絮が飛ばない春が訪れるかもしれません。




3月15日午後、「中国人戦争被害者の要求を支える京都の会」の第28回年次総会が開かれ、約20名の会員・関係者が参加しました。
台湾・国民党の鄭麗文主席は4月7日、総勢13名の訪中団を率いて中国を訪問しました。国民党党首の訪中は約10年ぶりとなります。11日には北京の人民大会堂・東大庁において、習近平国家主席との会談が実現しました。
一方、習近平主席は「国家は分かち難く、乱れてはならない。民族は散らばってはならず、文明は絶えてはならない」と述べたと報じられています。さらに「台湾独立に反対することは双方の共通の政治基盤である」との立場を改めて示したとされています。
台湾ではこの8年間、「台湾独立」を掲げる民進党の蔡英文総統が政権を担ってきました。しかし、新型コロナ対策の迷走、物価高、賃金の伸び悩み、不動産価格の高止まりなどが重なり、労働者・農民・市民の間で不満が蓄積。2024年の総統選挙では政権交代が確実視される情勢でした。